つれづれ草紙 仔細是非無

 
新奇性と優先権 Originarity and Priority
 20世紀の初めにマルセル・デュシャンが便器を展覧会に出品していたにも係らず,科学分野ではoriginarityとpriorityが喧伝される世紀でした. 科学が個人の楽しみや人類の資産である時代はとうに過ぎ,産業基盤の一部に組み込まれ資本投下に対する回収率を3%では低いといわれて久しい状況です. 科学者個人も過当競争ともいうべきながに投げ込まれ,1990年代の米国では粉飾や不正が報じられていました. 例えば,ある種の金属中で水素が低温で核融合を起こすという大発見です. 後に無責任なねつ造といわれたこの事件は,高温超電導が発見され何があってもおかしくないという雰囲気の中での 「思いこみ」あるいは「はったり」をする研究者があったことが原因のようです. 間違った科学的な手法による結論でも,後から誰かが確認できれば優先権(priority)は主張でるということなのでしょうか.
 シェークスピアの空騒ぎは夏の夜が舞台ですが,科学的なねつ造の空騒ぎは学術雑誌で行われます. 例えば,ネイチ*ー誌やサイエ*ス誌などです(商業誌なので一部伏字にしました). この雑誌には確かに優れた研究が掲載されていますし,編集者の人も卓越した論文しか掲載しないと云ってます. しかし,この言葉は有力な学会からの支持や基盤をもたない商業誌の宣伝のようにも思えます. ここ10年ほどネイチ*ー誌は出版事業を拡大して盛んにネットやメールで広告を行っていたのでなおさらそう思います. 実は,論文の多くは査読ではねられるのことが多くあり,有名な論文でも出版する雑誌が見つからず幾つかの論文誌に投稿してやっと掲載されたものがあります. 論文を厳選し信頼を得たいのは学術誌の性みたいなものなのです.このメカニズムが良く働く場合もありますが悪い方向に作用すると, 新しい発想の論文が載らないことが有る一方で問題がある論文も掲載されることになります. この結果なのか,ネイチ*ー誌に限らず論文の題目にnew(新しい)やnovel(新奇な)という言葉を使い論文のoriginalityやPriorityを印象付けることがよく行われています.
 ところが,最近論文を投稿したASA(米国音響学会)の投稿規定の中に,論文のタイトルや概要にnewやnovelを使用しないで下さいと記載がありました. ASAはアメリカでは長い歴史がありその総会も170回を超えて大先生を多く抱えています. 一見ただのおじいちゃんが学会会場で一家言を呈して議論を盛り上げていました. この故か,ASAは先端科学の場ではないと揶揄するひともいますが,ある意味アカデミズムの典型でもあると思います. そうではあるのですが,この学会の投稿規定でも本文にnewを使うなとは記載されていません. やはり,論文には新奇性originarityが必要なのだと思います.かくいう私も本文には使いました.
 考えてみると過当競争とはこのようなもので,海千山千のつわものが跋扈する魑魅魍魎の伏魔殿から鵺が飛び出すことが“空騒ぎ”のように思います. 2016.12改訂(2014.2.12初稿)  

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