「スライムの複屈折」

このサロンでは、研究や授業、日常生活などで気がついたちょっとした小ネタを紹介しまして、大学の先生ってこんなことを考えているんだなと、少しでも親しみを感じてもらえればと思います。 今回は、「スライムの複屈折」。

 複屈折性とは光の伝搬方向や偏光方向によって相異なる複数の屈折率で光が伝搬するという性質で、特定の方向に分子が並んだ結晶や高分子で現れます。透明な方解石は強い複屈折性を持っており、方解石を通すと下に書いた文字が二重に見えることはよく知られています(図1)。

図1:方解石(左)とルチル(右)を通してみると下の文字が二重に見える

 高校で習う屈折率は一つの数値ですが、もし物体が二種類の屈折率を持てば光のビームは2つの方向へ屈折していきます。ここで、2つに分かれた光はスネルの法則に従う光と従わない光であり、各々、常光と異常光と呼ばれています。方解石のように文字が二重に見えるという現象は、2つの屈折率にかなり大きな差がある場合に観察され、方解石の他にルチル結晶や水晶でも観察されます。複屈折の差が小さい場合には二重になっていることを識別するのは困難ですが、光の偏光や干渉を利用することで複屈折性を調べることができます。

 物質が小さな複屈折性を持っており、同じ方向へ進む光だけど、縦偏光と横偏光で屈折率が僅かに異なる場合を考えてみましょう。屈折率が大きいということは光の進む速さが遅いということですので、ある偏光の屈折率が他方の偏光より大きいならば、その偏光の光の波は他方より押し縮められることになります。従って、縦偏光と横偏光がある瞬間にどちらも波の山として物質中に侵入したとしても、出てくるときには片方は山、他方は谷ということが起こり得ます。光がz軸方向へ進むとしてx-y平面内のベクトルを考えます(図2)。複屈折結晶に光が入射するときに縦偏光は(0,-1)方向を向いた矢印、横偏光は(1,0)方向を向いた矢印とすると、その合成ベクトルは、(0,-1)+(1,0)=(1,-1)という下斜め45度の矢印となります。結晶から出てきたときに縦偏光が (0,1)方向で、横偏光が(1,0)方向の矢印になっていたとすると、合成ベクトルは(1,0)+(0,1)=(1,1)という上斜め45度の矢印となります。下斜め45度と上斜め45度のベクトルは互いに直角ですので、これを改めて横偏光と縦偏光と呼ぶと(どれを縦と呼ぶかは人それぞれ)、複屈折を持つ物質は、縦偏光を横偏光に変える性質を持つことがわかります。即ち、二枚の偏光板がクロスニコル(直交)の配置の場合には光は通り抜けることはできませんが、間に複屈折性を持つ物質を入れると光は通り抜けるのです。この偏光を用いた複屈折性の検出方法は光の干渉によるものなので非常に敏感であり、サファイアやトルマリンといった小さな複屈折しか持たない結晶の複屈折性も容易に観察することができます。

図2:複屈折結晶を通った光の偏光の変化

 ここで、光は波長によって色が異なるということを思い出すと、無色の結晶に色がついて見えることが予想されます。なぜなら、青色の光は波長が短いことからちょっとした複屈折性でも敏感に偏光が変化するのに対し、赤色は波長が長いため比較的鈍感で、変化しきれるとは限らないのです。特に結晶が薄い場合には顕著で、青色の光は通り抜けるものの、赤色は通り抜けられず、結晶が青く見えることになります。逆に、赤色が変化できる厚さになると青色は再び通り抜けられなくなり、結果、結晶が赤く見えることもあります。花崗岩など岩石のプレパラートを観察するのによく使われます偏光顕微鏡は、顕微鏡に偏光板を組み込んだ装置で、岩石の中の結晶に色がついて見えることからどのような鉱物が含まれているのかを見分けることができます。

 高分子は、分子の鎖の方向とそれに垂直な方向で屈折率が異なりますので、複屈折を持ち得ます。特にプラスチックやビニールといった薄いものは熱で溶かしてローラーなどで引き延ばして成形しますので、全体としてある程度方向性を保ったまま冷え固まっています。試みに、クロスニコルの偏光板の間にCDケースなどプラスチックの板を入れると色がついて見え、確かに複屈折を持っていることがわかります(図3A)。本当に分子の並びが効いているのかを楽しく確かめるには、耐震ゲルなどとして売っているシリコンのゴムを使うとわかりやすいです。クロスニコルの偏光板の間にゲルを入れても光は通り抜けてきません(図3B)が、ゲルを一つの方向へ引っ張ると光が通り抜けるようになります(図3C)。また強く伸ばすと色づいて見えてきます。

図3:プラスチック(A)とシリコンゴムを伸ばしていないとき(B)、伸ばしたとき(C)の複屈折

 通常の液体は分子が小さくバラバラな方向を向いておりますので複屈折性は示しませんが、液体でも複屈折を示すものがあります。液晶は複屈折性を持つ液体として有名ですが、スライムも独特の複屈折性を示します。スライムをクロスニコルの偏光板の間にただ挟んだだけでは光は通り抜けてきませんが、偏光板の間で引っ張るとゲルのときと同じように光が通り抜けてくるようになります(動画)。しかし、ちぎれると引っ張る力がなくなるので光は通り抜けなくなります。スライムは液体でありながら引っ張られた方向へ分子が並んで高分子のように振る舞うようです。

動画:スライムの複屈折

 このように偏光した光を作ってくれる楽しい偏光板ですが、実は偏光板も高分子を引き伸ばして高分子に複屈折性を与えたものなのです。通常のプラスチック板と偏光板の違いは、通常のプラスチック板における複屈折性は『どの偏光の光の速度をどれだけ遅くするか?』であるのに対し、偏光板における複屈折性は『どの偏光の光をどれだけ減衰させるか?』という複屈折なのです。特定の偏光の光が減衰するということはその偏光の光がなくなるということですので、他方の偏光の光だけを通すという偏光板としての性質を持つわけです。全然違うように見えますが物理的にはそれぞれ屈折率の実部と虚部として表されます。屈折率は複素数で表される値なのです。

文責:東海林

* 人物写真については、本人の承諾を得て掲載しています.
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