「冷凍光線」

このサロンでは、研究や授業、日常生活などで気がついたちょっとした小ネタを紹介しまして、大学の先生ってこんなことを考えているんだなと、少しでも親しみを感じてもらえればと思います。 今回は、「冷凍光線」について。



冷凍光線とは、その光線を照射すると当たった部分が凍結するという恐ろしい光線?です。なんかそんな話のSFがあるそうですが、よく知らないです。。。
 そもそも「温度」って何でしょうか?小学生の頃は、温度というと「暑い」「寒い」「熱い」「冷たい」であって、そして、それらは「温度計」と呼ばれる装置で「度合い」を測ることができるんだよということを習いました。でも確かに、測ることはできるのですが、じゃあそれがなんなのか?というところまでは教えてもらっておりませんね。しかし中学校になると物質は「原子・分子」からできているということを習いまして、さらに高校になると、温度とは原子や分子がどれくらい激しく運動・振動しているか?という度合いだということを教わります。すると、原子や分子が全く動かない状態が考えられ、それ以上は温度が下げられない0ケルビン(絶対0度)という概念がありますよ、とも習います。実は大学に入りますと、温度とはエネルギー準位を占める割合だということを習い、「負の温度」というのが出てきてレーザーなどの話へ展開していくのですが、それはおいときましょう。


 で、普通の物質が室温20℃にあるとき、もちろん原子や分子は熱運動で振動しているのですが、これを冷凍するには、温度を下げるにはどうしたらよいでしょうか?冷凍庫に入れる?でも何で冷凍庫に入れると物は冷えるのだろう???そのためにはまず、熱が伝わる原理を知らないといけないですね。


 熱を伝えるメカニズムには三種類あります。伝導・対流・輻射です。難しい言葉ですね。順番に説明しましょう。伝導という言葉は熱だけに限らず電気などにも使われておりまして、熱伝導や電気伝導と呼ばれています。熱における伝導、即ち熱伝導とは、例えば金属の棒を、片方を手で持ったまま、もう片方を炎などで加熱しますとジワジワと熱くなってくる現象です。銅の棒は熱伝導がよく、木の棒は熱伝導が悪いですよね。加熱された付近の原子が激しく振動しますと、その振動が隣の原子を揺らし、さらに隣の原子を揺らし・・・ということで振動が、熱が伝わるわけです。対流は、味噌汁の中にできる模様としてお馴染みで、暖められた液体や気体は軽くなるので上昇し、上昇した先でその熱を相手に渡す、ということで熱を伝える仕組みです。三つ目の輻射は電磁波のことで、ここでは遠赤外線のことです。太陽と地球の間は真空で、物質がありませんから伝導や対流で地球が暖められているわけではありません。太陽から遠赤外線が届き、地球が暖められているわけです。焚き火の光に当たると顔が熱く感じるのも輻射のせいです。遠赤外線は物を暖めますので「熱線」とも言われます。


 テレビとかでたまに見かけるサーモグラフィカメラは遠赤外線を画像として検出するカメラで、熱をもった物質は遠赤外線を出しますので、熱い物が光っているように撮影されます。輻射は電磁波ですので鏡で反射させることができます。凹面鏡(凸レンズの鏡版みたいなもので、光を集める性質がある)を使えば、遠赤外線を集めることもできますし、平行なビームにして遠くまで飛ばすこともできます。一昔前にはやったハロゲンヒーターは、凹面鏡の焦点(中心)にヒーターがあり、遠赤外線を飛ばすことで遠くを暖かくすることができます。


 ここで、ヒーターを外して凹面鏡だけにした2台のハロゲンヒーターを考えましょう。そして距離を1mくらい離して向き合わせておきます。(物理では思考実験ということをよく行います)そして片方の凹面鏡の焦点に熱をもった物を置きます。例えば半田ごて(~300℃)とか、ロウソクの炎とか。そして他方の焦点には温度計を置きます。このとき半田ごての熱は輻射によって直接温度計を暖めようとしますが、輻射は四方八方へ飛び散りますので、温度計を十分暖めるほど届きません。しかし凹面鏡があるおかげで輻射は平行ビームとなり、さらにもう一つの凹面鏡によって輻射が再び集まり、温度計を暖めることができます。ここで、熱伝導と対流の寄与が気になりますが、空気は熱伝導が悪いこと、対流は水平方向には熱を運ばないということからほとんど寄与しません。実際に実験してみますと、5度ほどの温度上昇が観測されました。


 では熱い半田ごての代わりに冷たいドライアイス(-79℃)を凹面鏡の焦点に置いたらどうなるでしょうか?実験してみると温度計が1度ほど下がるのが観測されました。これが「冷凍光線」です。


 これは物理的に理にかなった現象で、冷凍光線の仕組みが分かるためには、温度をもった物はどんなものでも遠赤外線を出すということを知らなければなりません。とはいえ、遠赤外線を出し続けていたらどんどん熱エネルギーを失って冷えてしまい、最後には絶対0度になってしまいます。もちろんそんなことはなく、遠赤外線を出す物は遠赤外線を吸収もする、という逆のことも起こります。つまり、室温状態のコップの水は遠赤外線を出しますが、同じだけ周りから遠赤外線を受け取るので、収支ゼロ。即ち水の温度は上がりも下がりもしないわけです。温度が高い物質はより強く遠赤外線を出しまして、しかし周りから受け取る遠赤外線は少ないため、次第に冷めていくのです。


 ということは、凹面鏡の焦点に置かれたドライアイスと温度計どちらも遠赤外線を出して相手に渡すのですが、室温にある温度計(20℃)の方がドライアイス(-79℃)よりも激しく遠赤外線を出し、そして温度計の方がよりもドライアイスよりも受け取る遠赤外線が少ないということになります。ということで、温度計は遠赤外線を出すばかりで熱エネルギーを失い、冷えたということになります。


 実際の冷凍光線の検出にはいろいろな工夫がいります。ドライアイスを使って冷やすのですが、ドライアイスは白いため遠赤外線の授受を起こしにくく実験しにくいです。黒くするため、黒い紙を内側に貼ったビーカーにドライアイスを入れてエタノールをかけたものを使います。エタノールが冷やされてドライアイスの温度になり、さらに紙を浸して冷やしますので、輻射の授受がおきやすくなります。ビーカーの表面には霜がつきますので、時々拭かなければなりませんが。。温度計は僅かな温度変化を計りたいですので、ガラス棒に水銀やアルコールが入ったタイプではなく、小さなセンサーのデジタル温度計がいいですね。凹面鏡にはハロゲンヒーターの反射板が理想的ですが、料理で使うボウルでも代用できました。

参考:光学41 巻 8 号(2012)

文責:東海林

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* 人物写真については、本人の承諾を得て掲載しています.
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