「クリスチャンゼン・フィルター」

このサロンでは、研究や授業、日常生活などで気がついたちょっとした小ネタを紹介しまして、大学の先生ってこんなことを考えているんだなと、少しでも親しみを感じてもらえればと思います。 今回は、「クリスチャンゼンフィルター」について。



 ガラスは無色透明なのになぜ目に見えるのでしょうか?色ガラスなら見えても当然でしょうけど。


 教科書に記載のように、水に細く絞った光を入射すると水面で光は折れ曲がります。これは屈折と呼ばれる現象ですが、なぜ光が折れ曲がるのでしょうか?それは光の速さが空気中と水中では異なるためであり、真空中の光の速さを空気中や水中の光の速さで割った値・屈折率が異なるためです。屈折率に差のある二つの物質の境界を光が通過するとき、光はその境界で反射と屈折をおこします。光は基本的にまっすぐ進むはずですので、反射や屈折してきた光を見ると人間はそこに何かあるぞ?と認識するわけです。空気の屈折率は真空の屈折率とほぼ同じで1。ホウケイ酸ガラスの屈折率は1.48,サファイアは1.77,ダイヤモンドは2.42です[1,2]。空気との屈折率の差が大きいほど強く光を屈折し、また反射させますのでガラスよりもサファイアやダイヤモンドの方がギラギラして見えるわけです。


 ここで、ホウケイ酸ガラスとは、熱膨張が少ないことからビーカーや試験管など化学実験によく使われるガラスで、皆さんの家庭にもPYREXと書かれたガラスのポットなどがあるかもしれません。これに対して、物理実験ではBK7と呼ばれる光学ガラスがよく使われます。可視光領域の透過性が良く均質性が高いことからプリズムやレンズなどに用いられています。
 ホウケイ酸ガラスの屈折率はパラフィン油(屈折率1.48)などの油の屈折率ととても近いですので、サラダ油の中にガラス棒を差し入れると、光は油とガラスとの境界で反射も屈折もしなくなり、ガラス棒はほとんど見えなくなります(図1左)。また、ガラスを砕いて油を注ぐとガラスの欠片が見えなくなり、向こうが透けて見えるようになります(図1右)。

図1(左)サラダ油にガラス棒を差し入れると,ガラス棒が見えなくなる.(右)砕いたガラス粒を瓶に詰めると向こうが見えない.サラダ油を注ぐと見えるようになる.

 ところで、高校の教科書などに載っている屈折率表にはただの数値が書いてありますよね。でも一方で、小学生の頃にプリズムに光を通すと虹ができるという話を聞きませんでしたか?もし、プリズムの屈折率が赤色でも青色でも同じ値であり、同じ角度で光を屈折させるならば、プリズムは色を分けることはできないはずです。光の色によって屈折の角度が異なるからこそ色を分けることができるのです。つまり、屈折率はただの数値ではなく、光の色すなわち波長によって値が異なるのです。これを屈折率の波長分散と呼びます。各種物質の屈折率の波長分散を図2に示します.

図2 各種物質の屈折率と光波長の関係[3,4]

 ちょっとわかりにくいですが、斜体で書いたのは液体で、立体で書いたのは固体です[3,4]。このグラフを見ますと青色側(短波長側)に行くほど、どの物質も屈折率が高くなっていることが分かります。また、波長が変わっても屈折率がほとんど変わらない物や大きく変化する物があります。(それらの原因については難しいので説明を省きます。)


 赤丸で示したのは、固体と液体の屈折率分散が交差している点です。即ち、この波長の光で観察しますと光は屈折も反射もせず素通りしますので、油に入れたホウケイ酸ガラスと同じように、液体に入っている固体は見えなくなります。しかし、違う波長の光で見ますと液体と固体の境界で反射や屈折がおき、見つけることができます。これを応用しますと、例えばBK7のガラスを砕いて、そこへ二硫化炭素(CS2)を注ぎますと、波長520nm付近の光は素通りしますが、それ以外の波長の光はガラスと二硫化炭素の境界で反射や屈折を繰り返して散乱し通り抜けることができないフィルター、つまり520nm付近の光だけを通す光学フィルターとすることができます。これがクリスチャンゼン・フィルターです[5]。


 試してみたいのですが、如何せんCS2は発がん性物質ですので、避けたいところです。このグラフを見てみますともう一つ赤丸があります。シンナムアルデヒドとPCD4ガラスの組み合わせです。シンナムアルデヒドとはニッキ油の主成分で、薄い黄色の油です。比較的安全です。PCD4は無色透明のガラスで手に入りにくいですが、頑張ればなんとかなります(図3左)。


 実際にPCD4を砕いて瓶に詰め、シンナムアルデヒドを注いでみました(図3右)。ガラスを砕くのは大変です。段ボール箱の中で鉄板の上にのせて金槌でたたいて砕きました。いろいろと屑が混じってきますので、水洗いして、乾かして・・・。光にかざしますと、無色のガラスと薄黄色の油で赤やら青やらこんな色が出るんですね・・・。光に透かすと赤色に見え、反射させると青色に見える感じです。ハロゲンランプを分光器で分光して様々な波長の光をこの瓶に通してみましたところ、図2のグラフの交点のある赤色620nm付近で光は通り抜け、それ以外の光は散乱されて通り抜けませんでした。代替クリスチャンゼン・フィルターですね。

図3(左)PCD4ガラス.(右)PCD4ガラスを砕いて瓶に詰め,シンナムアルデヒトという油を注いだ.




[1] シグマ光機株式会社 


  https://www.global-optosigma.com/jp/category/opt_d/opt_d01.html


[2] 国立天文台編 理科年表 丸善株式会社


[3] https://refractiveindex.info


[4] 工藤恵栄著 分光学的性質を主とした基礎物性図表 共立出版株式会社


[5] ロゲルギスト著 第三 物理の散歩道




文責:東海林




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* 人物写真については、本人の承諾を得て掲載しています.
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